ビッグ・フィッシュを観た。

個人的な理由からつい避けがちな 父と子の物語 だった。
その事について、観ながら色々と思うところはあるけれど、
今はどうしても文字や言葉に出来ない。




主人公の父親が面白おかしく語り聴かせるエピソードの数々は
どれも魅力的で、僕は観ながらある人物の事を思い出していた。
幼い頃隣の家に住んでいた盲目の老人。
幼い僕はその膝の上にちょこんと座っては、
彼に色々なお話をしてくれとせがんだ。


彼が話し始めると目の前に見た事もない別な世界が現れる。
彼が話す恐ろしい怪物や幽霊たちは
部屋の暗がりに身を潜めて今にもその姿を現しそうだったし、
美しい花畑の話を始めれば
途端に目の前に花畑が広がり花の香りまでする様だった。


楽しい話を聴いた夜は興奮冷め遣らずいつまでも寝つけない。
恐ろしい話を聴いた夜は風の音にも怯えて過ごした。


今にして思えば、彼には彼の話すもの全てが
はっきりと見えていたのではないか。
そしておそらく、僕も同じものを見ていた。


僕が好んで聴いたのは恐ろしい妖怪や幽霊のお話だった。
光の必要がない彼の部屋は、いつも薄暗く静かだった。
玄関を出て数歩歩けば自宅に帰れるというのに
僕は足が竦んで動けない。
今聴いたばかりの怪物は、部屋の暗がりに確かに居るのだ。
僕がここを出ればきっと僕の後をついてくる。


いつもそうして帰れなくなった僕を
彼の妻であるおばあさんが送ってくれた。
彼女と手を繋いで庭に出て、ナビの頭を撫でる。
そうすると少し勇気が出て、おばあさんに手を振って急いで家に駆け込む。


そうしてまた次の日になると彼の膝の上で新しいお話をせがんだ。


僕もいつか誰かに話して聴かせたい。
誰も見た事もない夢のような美しいお話。
身の毛もよだつような恐ろしいお話を。
彼のように。